空色の本

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おいしい水

和歌山県にある富田の水というのを,うちでは定期的に
現地へ行って汲んできて飲んでいる.

で,もうなくなってしまったので,
近々行きたいなぁと思いつつ,
寒いので,なかなか行けない(^。^;)

そこのHPを見ると,とても忙しいのだろうか
水の配達がお休みになっている.

とりあえず,そこへ行くのが
小旅行としての一つの楽しみでもあるので,
行ってみようかなと思う.

で,このことを書くのが目的なのではなくて...

『ありがたみ』って,それがなくなってから,
わかるものなのかもしれないなぁ...と
水がなくなってから,しみじみ思った話を
書こうと思ったので,書いてみます.




最近は,みんな長生き.

親は,いつでもそばにいるというのが当たり前.

昔は,たぶん,いつ生き別れるかという中で
暮らしていた人も多かったのではと思う.
戦争とかいろいろ...

だから,明日にでも,いなくなるかもしれないと思うことって,
相手を大事にしようとか,思いやりのきもちというのも
生まれやすかったのかも知れない.

今は,ある意味,守られ,安全で,
危険と言われることも多いけど,
なんだか,すべてが管理されている.

山や川や空き地.
どんな場所でも,遊び場に変えてしまう天才的な子どもの発想は,
今の時代,閉じ込められてしまっているのかもしれない.

限られたスペースの中で,自由な発想は
生み出されるのだろうか...

『ありがたみ』というのは,自然と沸いてくるものだと思う.

限られた場所で安全のため,管理されている子どもの心に
『ありがたみ』は,自然と沸いてくるのだろうか...と
ふと思った.

今の時代,親は,子どもにとっては,不自由を強いるだけの存在に
なってしまったのだろうか.

本当は,子のためを想ってのことなのだけど...

それだと,『ありがたみ』って言葉も,子どもにとっては,
よくわからないものだろうなと思う.

でも,命って,なくなってから大切だと気づいても,おそい.
その人とは,もう,会えないから...

生きている間に,命の大切さとか,ありがたみとか
わかっている人たちのいる世界で暮らして生きたいな.
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by sorairobook | 2005-02-01 22:36 | おいしいもの・レシピ